このような知り合いの様々な経験を生かして、一度に災害や被害状況を取得できるアプリはないかと主人と探しています。5点ほどアプリをピックアップしたのでご紹介します。

避難

Yahoo!防災速報

「Yahoo!防災速報」はYahoo!JAPANがリリースしている、あらゆる災害情報を通知してくれるiOS、android用防災アプリです。
災害が起こる前に地震、豪雨、津波などの情報をプッシュ通知で知らせてくれます。もちろん通知のONOFFも設定ができるので安心です。自宅や勤務先、帰省先など、国内最大3地点と、位置情報を利用した現在地へ通知されるのでどこにいても受信を受け取ることができます。1度の登録で、避難情報、地震情報、津波予報、豪雨予報、土砂災害、河川洪水、気象警報、熱中症情報、火山情報、国民保護情報、防犯情報、自治体からの緊急情報など、あらゆる情報をキャッチできるので、便利です。
ただ、一部のスマホでは設定変更をしないと速報を受け取れないため、自分が使用しているスマホの仕様を確認した方がよさそうです。

yahoo

・ドコモ災害用キット

NTTドコモの災害用伝言板サービスを簡単に利用でき、回線がつながりにくくてもボイスメッセージを残せます。
災害用音声お届けサービスと災害用伝言板は震度6弱以上の地震など大規模な災害が発生した場合のみ利用が可能で、それ以外の期間は利用できないようです。また、使用するためにはドコモで契約している携帯電話番号が必要です。ドコモ回線を使用している格安SIMでは利用することができません。

ドコモ災害キット.jpg

天気&防災アラート

雨が降る2~6時間前にアラートがあるため、傘の用意がしやすい点が便利です。お天気クイズや桜開花宣言など、楽しいコンテンツもあるためこまめに見て確認できそうです。インストールしておけば、運動会前や旅行前に役立つアプリだと思います。震や台風などの注意報警報をプッシュ通知で知らせてくれるのは便利ですが、地域がひとつしか設定できないのが難点です。

天気防災

goo防災アプリ

安否確認WEBサイト「J-anpi」と連携しており、災害時にJ-anpiへ自身の安否情報の登録や家族等の安否情報の検索を行うことができます。また、事前に登録情報を準備しておけるのも便利です。防災情報のカテゴリーメニューから、「教えて!goo」のコラムや、避難時に発症した場合を想定して「家庭の医学」や「くすり検索」など、様々な災害対策に役立つコンテンツも見ることができます。地震・津波・洪水・噴火などの速報を、迅速に通知し、現在地周辺の避難所を収録したマップ付のアプリなので、アプリから安否確認でき、災害時でも電話やメールに頼らない連絡が可能です。

goo

・ポケットシェルター

緊急地震速報と連動して地震発生時に、最寄りの避難所へ誘導してくれます。あらかじめ地図をダウンロードしておけば、回線が断絶されても見られるのが最大の利点です。独自に調査された耐震構造物も掲載されているため、パニックにならずに避難場所を探すことができます。位置情報についてもSNSに連携して共有することができ、オフライン時でも住所の検索や避難所までのナビをしてくれるのは他の防災アプリにはないので、一番利便性があるように感じています。ポケットシェルター 藤川博久さんが「震災時は避難場所がわからない人も多かったため、この技術を使ったアプリで安全な避難場所まで案内できる」とコメントしている記事を読み、興味を持ちました。

ポケットシェルター

 

2017年の10月22日、住んでいる兵庫県川西市の自宅で台風による川の大増水で避難地域に指定され、大嵐の中子供2人を連れて市役所まで逃げるかどうかで大変悩みました。

台風増水

目の前には1級河川の猪名川がすでに歩道にまで水かさが増しており、その奥にある五月山では土砂崩れの恐れがあるということで、大阪府池田市でも避難勧告が出され、多くの家のお年寄りが市役所の出したバンに乗って避難していました。時間は夜でしたので真っ暗な中強風で揺れる家におり、とても怖かったです。

家の目の前が一級河川であること、今までも氾濫があったことは知っていますが、引っ越して10年間は特に問題もなかったので、今回も大丈夫だろうと思っていました。しかし凄い雨嵐で、遂に川の増水で避難勧告が出たのです。外は真っ暗で凄い雨と風ですし、夫は台風の影響で会社に缶詰、小学生の子供が2人と私だけが家の中にいて、私は免許もありません。当然車の運転は出来ませんから、子供を2人連れて前が見えないような雨の中避難所へ歩いて行かなくてはならない状態で、非常に恐怖を覚えました。

とにかくいつ停電しても良いように、懐中電灯は2つ用意し、もし外に行かなくてはならなくなったら、とタオル類やビニール袋、などを準備しました。必要なのは連絡を取る手段ですからスマートフォン、そして臨時充電器は絶対に必要です。

スマートフォンの天気アプリやニュースアプリを見て、避難勧告が命令に代わると同時に市役所などに電話をして助けを求めようと決めました。私はともかく、子供達だけでも連れて行ってもらえるようにしなければなりません。台風での大嵐なので外へ出ることは得策ではありませんが、雨が顔にかかっても前が見えにくくないようなサンバイザーなどを子供達の分も準備し、両家の実家の電話番号などを書いたものを子供達にも持たせるようにしました。

あとは自分がともかく冷静になることが大切です。家にいるたった一人の大人である私がパニックを起こしていたら、子供達にも恐怖が伝染してしまうからです。お香を炊いて良い香りを出したりしたのも、気持ちを落ち着けることに役立ったと思います。

避難所へ向かう間、時折雨と風が一瞬収まったため、かっぱが少し濡れる程度で到着することができました。長靴の中に水が入ることもなく、体も冷やすことなく無事につけたので心から安心しました。避難所には近所の方がたくさんいたので子供たちも楽しそうで、私もリラックスして一晩過ごせました。悩んでいないでサッサと行動すればよかったと思いました。

自宅も被害はなく、主人も次の日の朝に帰ってきたので家の周りの清掃を近所の方々と行いました。子供たちもみんなで参加して後片付けをして、その日の晩に家族での対策については話し合いをしました。

地震などの場合には、子供達は学校もしくはその時いる家屋の中で待機すること、夫は職場から近い夫の実家へ行くこと、私は自分の実家が近いので、そこへ行くことは話してあります。それぞれの実家の家電話を連絡手段にしようと決めました。

とにかく実家に行って大人の数を増やしてから子供達を迎えに行くことは、夫婦と両家の実家で決めていることです。実家はマンションで鉄筋コンクリート作りなので、次回の台風も酷くなりそうと思ったら雨が激しくなる前に実家へ避難しておくことが今回の避難勧告で学習したことです。子供が携帯電話を持つようになったら、市役所などの電話番号も登録させて万が一どうすればよいか判らないことは電話をして相談をするように、と話しています。子供たちは臨機応変な対応ができるようになるまでもう少し時間がかかるかもしれませんが、今回の体験を少しでも活かしてくれると良いと思います。

私は、阪神淡路大震災と東日本大震災を両方経験しました。阪神淡路大震災は運転免許の合宿で福井県にいたので直接の被害にはあいませんでしたが、震災当日実家のある大阪へ帰る予定でした。朝一のニュースから被害者の数がどんどん増えていくのが忘れられません。

海と家

東日本大震災時は自宅にいました。台所の引き出しがすべて開き、ものが散乱し今まで体験したことのない揺れでした。すぐに外に避難しましたが、低層階の(マンション)方々はそれほど揺れなかったようです。

阪神淡路大震災の時、とにかく自宅に戻ろうと動いている電車に飛び乗りました。福井県から京都経由で大阪方面へ。しかしなぜか電車はどんどん神戸市方面へ向かい、最終的に三田でその日の電車は終了しました。

ホテルもすべて満室で途方に暮れて歩いていると自衛隊のトラックが保護してくれて、市役所へ避難しました。チョコレートやビスケットと毛布の配布を受け、家屋が倒壊した被災者の方々とパイプ椅子をベッドにして夜を明かしました。家族が見つからず泣いている方や、電話がつながらない方も多くみられました。

小さなお子さんを連れているお母さんがお父さんと連絡が取れないと泣いている子供に気丈にふるまっていたことがとても印象的でした。避難所にはペットは入れないためワンちゃんと避難してきたご家族は寒空の中外で一夜を明かした方もいらっしゃいました。

とにかく情報が錯綜していたのでみなさん不安で憔悴しきった方々であふれていました。阪神淡路大震災を体験するまではまさか実際に大災害に巻き込まれるなどと思ってもみなかったので、防災グッズという概念自体が非常に欠落していたと思います。

やはり一番困るのがライフラインです。特に水道はなくてはならない命に直結する大切なものですので断水が起こる前にお風呂に水を張ることを心がけております。東日本大震災の時はおそらくその体験を生かして、私が住んでいるマンションはまず地下倉庫にミネラルウォーターと非常食を備蓄していたものを開放していました。

後から聞いたのですが地下の水道タンクからポンプでくみ上げて各家庭に水道を供給するタイプの建物なのですが、非常用に屋上にもタンクがあり併用で使用しているとのことでした。屋上のタンクだけでも各家庭数日は賄えるとのことなのでとても良い設備が整っていると感心致しました。

東日本大震災の時は食器棚の皿やお酒がすべて床に落ちてガラスの破片が飛び散ってしまったので家を出るときに足を切りました。災害時用の室内履きも必要かと思われます。

阪神淡路大震災の時は携帯電話を持っていたのですが、一切つながらず使い物にはなりませんでした。朝一番の公衆電話は繋がったのですが、やはり8時頃を過ぎると繋がりませんでした。その時に両親の元気そうな声を聞くことが出来て、心から安心しました。

東日本大震災の時も固定電話は一時不通になり、携帯電話に至っては都心部で特につながりませんでした。個人的に一番つながりやすかったのはフェイスブックのメールアプリだったと思います。友人同士の安否確認には大いに役立ちました。インターネット回線を経由しての連絡で情報量が少ないメールだと問題なくつながったのではないかと思います。LINEは当時まだサービスがなかったのでわかりませんが、やはりEメールなどが迅速に連絡が付く手段としては有効ではないかと考えます。

家族が近くにいる場合は避難所に指定されている学校などが良いと思います。顔見知りの方といるだけでも安心でき、地域の人と情報収集もできるため、指定避難所で過ごした方が不安も少なくなります。また水や食事の配給もあるため、自宅で心細く過ごすよりはいいと思います。

2011年3月11日、今でも忘れないあの東日本大震災から、早いもので約7年が経とうとしているわけですが、当時は母親が入院、自宅には自分しかいないという状態で、震度6強という激しい揺れに耐えました。度重なる余震にもなんとか耐え抜き、非常に大変でしたが、弟といろいろな方に支えられてなんとか被害がほとんどなく、命は守られました。もうあの揺れは、二度と経験はしたくはないのが本音です。

壁のひび割れ

災害の状況は携帯電話やテレビなどで情報を得ておりました。緊急地震速報は、良くチェックしておりましたが、まさかあそこまでひどい揺れが来るとは思いませんでした。小学校の避難訓練で開催した際の地震車で体験はしたことがありましたが、やはり突然の激しい揺れには大変驚きました。自宅にいて食事をしていましたが、そばにあった食器棚から次々にグラスやコップが落ちて割れ、電子レンジやトースターも大きな揺れに耐えきれず、ガシャーンと大きな音を立てて落ちました。お茶を飲むために沸かしていたやかんの火を止めて、外に出られるように玄関の扉を大きく開いておきました。

弟はまだ中学生だったため学校で被災しており、なかなか連絡が取れず、近所の弟の友人のお母さんが一緒に自宅まで連れて帰ってきてくれました。サッカーの部活中だったようで、着替えるのも忘れていたのか、泥だらけのまま帰宅しました。その後水が数日間停まってしまったので、洗濯ができなかったことも大変困りました。

病院での母の様子はその日の夜に確認ができ、安心しました。余震が続く中、弟とふたりでリビングに布団を敷いて寝たことを思い出します。避難バッグを玄関に置き、いつでもすぐ避難ができるように、パジャマには着替えず私服で寝ました。ヘルメットや防災頭巾も手元に置いておきました。弟は私が守らなければ、と強く感じていました。余震が続いたのでなかなか熟睡できず、いつまた大きな揺れが起こるのかと不安でした。

一番困ったのは、やはり食事でした。地域の方や所属するコミュニティの方たちの助けがあり、食事を提供して頂きました。当時私は病を患っており、なかなか思い通りに身体が動かず、薬も手に入らず日常生活がかなり大変であったことはよく覚えています。弟が薬を取りに行ったり、地域の方に症状を連絡してくれたので大変助かりました。

当時、一番信頼できた情報源はテレビでした。携帯電話でもある程度なら情報は入手できますが、やはりテレビの情報が映像としても確認ができて、一番わかりやすかったのではないかと思います。計画停電の情報なども、テレビと携帯電話で常に情報を得ることが出来ました。

現在では、スマートフォンが普及して来たこともあり、緊急の用事または災害への備えとして、スマートフォンの携帯用充電器、または電話が使えなくなった場合を考えた時に、LINEは必須にはなります。母も私もあまり身体が強くないため、電話をしても病院に行っていたり、寝ていて電話が取れないことがありますが、ラインでメッセージを残しておけばいつでも確認して返信することができます。また既読がつけば相手が読んだこともわかるのが便利です。母もいつしか絵文字など送れるようになったので、楽しくコミュニケーションを取っています。日常的に利用しているため、災害時などでも慌てずメッセージでやりとりができると思います。

弟は仕事が忙しいため普段はゆっくり話せないため災害時の備えなどについて一緒に話し合うことはありませんが、災害時に集合するのは実家となることだけは伝えたいと思っています。弟、母、私でのラインのグループもあるので、何かあった場合はまずここに一言でもメッセージを残すようにしたいと思います。

山形県酒田市に住んでいます。3月11日、午後3時ころ。東北大震災のとき、何回か揺れた後だったこともあり、もう少しするとおさまるかなと思っていました。ちょうど会社におり、来るはずの営業さんを待っている時でした。車の入ってくる音が聞こえたのでお茶を準備しようと席を立とうとした時でした。

急に下から突き上げるような揺れが発生しました。1階が駐車場、2階が事務所の建物の2階。1階よりも揺れたと思います。怖いけどそのうちおさまるだろうと思っていました。長い揺れの後、おさまってから下に降りると、呆然車の脇に立つ営業さんがいました。

水害

しばらくして、電気がつかないことに気が付きました。大変なことが起きているとはその時は全く思いませんでした。その後3日間電気はつきませんでした。山形は津波がこなかったけれど、続く揺れに恐怖は消えず、子どもたちとコートを着て寝ました。電気がつかないとストーブもつきません。3月はまだまだ寒いので寒さが不安と恐怖をあおりました。

ラジオからの情報のみで、電気がついて初めてテレビで映像を見て、改めて身震いしました。ガソリンスタンドも長蛇の列か閉まっているかで、車もあまり使えません。電気が通らないので信号も消えたままの道路。家庭用の電話も電気がつかないと使えませんでした。携帯も充電できないので使いたくない。(もしものために取っておきたいから)学校は避難する人に開放するため、他の人は入れません。スーパーも真っ暗な中、懐中電灯と電卓でレジをしてもらって調理の簡単なものばかりを買いました。水道は出たのと、ガスはついていたのが不幸中の幸いでした。

水が止まった時のために、お風呂などに水があるといいと思います。トイレを流すのに使えます。体をふくための水としても使えます。また、誕生ケーキについてくるろうそくをなんとなく取っておいていたのですが、細くて倒れやすい点、匂いがきつい点でお勧めできません。結婚式でもらったキャンドルが匂いもいいものが多くてお勧めです。

ガスが使えたので家にあった圧力鍋が大活躍でした。お米も炊けますし、調理もできます。あとは、ツナ缶です。開けたらすぐに食べられるし、味付けもしなくていいのでらくちんです。ろうそく代わりに油を使うこともできるそうです。買いだめがあってよかったものの一つです。

冷蔵庫はなるべく開けないようにして、さっと出してさっとしまうようにしていました。こればかりは寒い時期でよかったと思います。時短のためにカット済の処理をした野菜や肉を冷凍していたのも調理時間を少なくできました。食べることとトイレが一番気になるところ、その次にお風呂や温かさなどがほしくなるのだと身をもって知りました。

家族では、水が怖い(うちは海岸沿いです)と思ったため、周囲の背の高い建物で、水辺から遠いところをいくつかピックアップしてあります。家にいる時に津波の危険を感じたらそちらに向かうことにしています。それ以外の災害時、津波語などは、家のすぐ近くに小学校があるため、一度はそこに行くことになっています。近所の人から情報をもらえるかもしれないからです。

職場も家族経営のため、同じ方法です。今は子どもたちが大きくなり、進学や仕事で少し遠くにいることが多いので、ラインで家族との連絡は取れるようにしています。災害が起きたら、まずは自分の身の安全、近くにいる人の安全を確保し、動いて大丈夫になるまで動かない、何が起きているか確認してから、安全行動をとることなど確認しています。また、地域での災害訓練は、震災後参加者が増えたと感じています。市から各地域に配布されている災害グッズも自治体で管理しています。